武蔵野大学アントレプレナーシップ学部で、今年も卒業式の季節を迎えた。5年前、学部の立ち上げからご一緒してきたこの場で、今年は2期生が卒業していった。

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もちろん、全員が同じタイミングで卒業するわけではない。休学しながら自分のプロジェクトに取り組んでいる学生もいるし、学外での挑戦に力を注いでいる学生もいる。だから「みんなそろって卒業」というわけではないのだけれど、それでもこうして2度目の節目を迎えられたことには、やはり感慨がある。

大学教員という仕事をこうして担わせていただいて、本当によかったと思う。学生たちに学びの機会を届けることはもちろんだが、実は私自身が多くを学び、成長させてもらっている。そういう意味でも、この5年間は自分にとってとても大きな時間だった。

卒業のタイミングになると、学生に贈る言葉を求められることが多い。そんなとき、私が繰り返し伝えていることがある。

それは、これまでは「先生と学生」という関係だったかもしれないけれど、卒業したら、あるいは自分の道を歩み始めたら、もう単なる「教える側」と「学ぶ側」ではない、ということだ。本来は大学時代からそうあるべきなのかもしれないが、社会に出ていくこれからは、私たちは一緒に世の中を良くしていく仲間なのだと思う。地域を良くし、社会を良くしていくために、共に学び、共に挑戦し、時にコラボレーションしていく。そんな関係になっていけることを、私はとても楽しみにしている。

そんなことを話しながら、ふと自分自身のことを振り返った。すると、やはり本当にそうだなと思わされた。

今回、2期生の卒業式の後に謝恩会が新宿で開かれた。場所は歌舞伎町の近く。そこから歩いて5分ほどのところに、実は私が学生時代に住んでいた場所がある。そしてそのマンションの4軒となりで暮らしていたのが、今、武蔵野大学でともに教授を務めている池本修悟くんなのだ。(ま、かれは4年たって法政大学の教授に移り、いまはEMCは客員教授だけれどね)

学生時代の仲間と、時間の流れの中で離れたり、またつながったりしながら、こうして今は同じ大学で一緒に仕事をしている。それだけでも、なんだか不思議で、そしてうれしいことだと思う。

さらに言えば、修悟君と私の共通の恩師であり恩人でもある鈴木寛さんとも、卒業後にさまざまな形でご一緒させていただいている。学生時代には「教わる存在」だった人たちと、社会に出たあとに、今度は一緒に仕事をしたり、学び合ったりする。そんなことが実際に起きている。
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振り返ってみると、学生時代の仲間や恩師たちと、学校を出たあとにもつながり続け、コラボレーションし、刺激を受け合いながら歩んできたのだとあらためて感じる。

だからこそ、卒業は終わりではないのだと思う。むしろ、ここからが本当の始まりなのだろう。

大学を卒業する人もいる。あるいは、卒業という形を取らずに、自分の道を歩み始める人もいる。でも、どちらにしても、それで関係が終わるわけではない。ここから先、社会の中で再会し、思いがけない形でまた一緒に何かを生み出していくことがある。学び直し、支え合い、共に挑戦していくこともある。
ゼミの学生とか深い関わりが合いがあった子たちだけでなく、あんまり話はしなかったかもしれないけれど、その場を共有したと言うことも時間を経って振り返ると、やはり大きな共通点なんだと思う。実際に学生時代は大して仲良くなかったけど、大人になってからあの時同級生だったよねなんて話から親しみが湧いたり、そこから新しいことに取り組むなんて言うことも社会人になったからよくあることだし。

今回の卒業式は、そんなことを自分自身の歩みと重ねながら考える機会になった。

これまで学生だったみなさんへ。

ここで一区切りではあるけれど、これは決して終わりではない。むしろ、ここからが始まりだ。これから同じ社会をつくっていく仲間として、またどこかで、そして何度でも、一緒に挑戦できることを楽しみにしている。よろしくね!