4月の隙間を縫って、数日間インドに行ってきた。
初めてのインド。正直、出発前は「どんな場所なんだろう」という漠然とした期待と、ちょっとした不安が混ざり合っていた。でも帰ってきてから、思わぬことに気づいた。それは、インドという国が「自分ごと」になったということだ。

空港を出た瞬間から、すでに学びは始まっていた
飛行機を降りて、まずUberを呼んだ。インドでもUberは普通に使える。アプリで配車して、やってきた車に乗り込もうとして、ふと気づいた。
スズキだ。
それも、街に出てからも、走っている車を見ると、やたらとスズキが多い。小型のスズキ、少し古いスズキ、色違いのスズキ。もちろん他のメーカーも走っているけれど、とにかくスズキの存在感が圧倒的なのだ。
帰国してから調べてみると、なるほど合点がいった。スズキはインド市場において長年トップシェアを誇るブランドで、現地法人のマルチ・スズキはインドの自動車産業の象徴的な存在だという。知識として知ってはいたかもしれないけれど、「あのUberの車がスズキだったな」という記憶と結びついたとき、その意味がまるで違って感じられた。
だからこそ、帰国後にインドの自動車産業に関するニュースを見たとき、思わず「おっ」と身を乗り出した。スズキの株価動向も、インドでのEV普及の話題も、いきなり自分ごとになったのだ。これまでだったら確実にスルーしていたニュースが、である。
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市場を歩いて、「人口ピラミッド」が腹落ちした
もうひとつ、印象的な体験がある。
街の市場を歩いたとき、ふと周りを見渡して気づいたことがあった。お年寄りが少ない。圧倒的に、若い人が多いのだ。
活気があって、声が大きくて、動きが速い。それは単に「インド人は元気だな」という話ではなく、明らかに年齢構成そのものが日本とは違うという感覚だった。日本の商店街や公共交通機関と比べると、その違いは一目瞭然だ。
帰国後、ふとした機会に世界の人口推移や各国の人口ピラミッドを見ていたとき、思わず「そうだ、そういうことか」と声が出た。インドの人口ピラミッドは、若年層が分厚い典型的な発展途上型。平均年齢も日本より20歳近く若い。グラフとして眺めれば「ふーん」で終わっていたはずの数字が、あの市場の熱気と重なって、はじめてリアルな実感を持って迫ってきた。
数字は現地を歩いてはじめて「意味」になる。そういうことだと思う。

ニュースの読み方が変わった
こうして帰国してすぐ、いつものようにニュースをチェックしていたとき、ふとあることに気づいた。
「インド」という単語が目に入ったとき、これまでとは明らかに違う感覚があったのだ。
インドの自動車産業の動向、インドの物価上昇、インドと近隣国の外交問題……。これまでだったら「ああ、そういうこともあるんだな」と、どこか遠い世界の話として流していたかもしれない。でも今は違う。「あの市場で感じた熱気と関係があるんじゃないか」「あのUberのドライバーの生活にも影響があるのかな」と、自分の関心事として読み始めている自分がいる。
たった数日で、世界に対するアンテナが一本増えた。

「知らない世界」と「自分の世界」の境界線
たとえば、世界のどこかで大きな地震が起きたとする。
まったく知らない国であれば、もちろん「大変だな」とは思う。でもそれは、どこかで他人事だ。ニュースとして受け取って、ため息をついて、次の記事に移っていく。
でも、一度でも行ったことがある場所だったら? あるいは、そこに友人がいたら?
「大丈夫だろうか」という感情が、リアルに湧き上がってくる。地図上の点だった場所が、自分の記憶と結びついた「生きた場所」になるからだ。
これは海外に限った話じゃない。日本国内でも同じだと思う。行ったことがない地域での災害と、一度でも訪れたことのある場所での災害では、心の動き方がまったく違う。人間ってそういうものだよね、と思う。

旅で広がるのは「景色」ではなく「感情の射程距離」だ
旅行の価値って、どう語られることが多いだろう?
「新しい景色を見られる」「異文化を体験できる」「リフレッシュになる」……どれも間違いじゃない。でも、今回インドから帰ってきて感じたのは、もっと本質的なことだった。
旅とは、自分が感情移入できる世界を広げることだ。
喜べる世界、楽しめる世界、心配できる世界、不思議に思える世界、悲しめる世界。そういった「感情が届く範囲」が、旅をするたびに少しずつ広がっていく。
逆に言えば、旅をしていない人は、感情が届かない世界がたくさんあるということでもある。それは悪いことではないけれど、もったいないことだとも思う。

人生が豊かになるとは、そういうことかもしれない
「豊かな人生」という言葉を聞いたとき、何を思い浮かべるだろうか?
お金? 地位? 健康?
もちろんそれらも大切だ。でも私は今回、こう思った。豊かな人生とは、喜んだり、心配したり、感動したりできる「範囲」が広い人生なんじゃないか、と。
インドの話題でワクワクできる。どこかの国のニュースに胸を痛める。旅先で出会った人の暮らしを思って、祈る気持ちになる。そういう「感情が動く瞬間」の数が多ければ多いほど、人生は豊かになると思うのだ。
そしてそれは、旅によってどんどん増やすことができる。

さあ、どこかへ行こう
インドに行って数日。たったそれだけで、スズキのニュースが気になるようになり、人口ピラミッドのグラフが急にリアルになり、街の若者の活気の意味が少しわかるようになった。
「旅は非日常だから良い」という話はよく聞く。でも私が伝えたいのは、むしろ逆で、旅は日常をもっと豊かにするために行くものだということだ。帰ってきてからの毎日のニュースが、以前よりちょっと面白くなる。世界のどこかで起きていることが、自分ごととして感じられるようになる。
そうやって少しずつ、感情が届く世界を広げていく。
それが旅の、一番の醍醐味じゃないかと思っている。